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10-1 謎に包まれた京極 1

last update Last Updated: 2025-04-26 06:51:38

 翌朝——

「本当はついて行ってやりたいけど、多分京極はそれを許さないと思うから……。本当に悪い……」

玄関を出ようとした朱莉に航は辛い気持ちで声をかけた。

「航君。京極さんはね、すごくいい人なんだよ? 私が手放さなくてはならなくなってしまった犬を引き取ってくれたし、羽田空港まで送ってくれたりしたんだよ ?だから大丈夫だよ」

朱莉は心配をかけたくなくて笑顔で言うも、ショルダーバッグを握りしめる朱莉の手が小刻みに震えているのを航は見逃さなかった。

(朱莉……!)

その様子があまりにいじらしくなり、航はとうとう我慢が出来ず、小刻みに震えている朱莉の手を握りしめた。

「朱莉……! 何かあったらすぐに俺に電話しろよ!? 助けが必要ならどんなところに朱莉がいたって駆けつけるから!」

「大丈夫だってば。そんなに心配しないで? 今日はお父さんに定期報告をする日なんでしょう?」

朱莉は笑顔で航に言う。

「分かったよ……。だけど……これだけは約束してくれ」

「約束?」

「ああ……絶対にここに今日帰って来てくれよ? 俺、待ってるから……!」

航は必死だった。実は航は最悪のことを考えていたのだ。朱莉の秘密を脅迫する為に京極は朱莉に関係を迫って来るのではないかと……。

興信所の調査員という特殊な仕事をしてきた航はそのような男女トラブルの話を散々見てきたからだ。

(あいつは紳士的に振る舞っているが何を考えているのか全く読めない……。くそ! 本当は朱莉に盗聴器を仕掛けてやりたいくらいだ……!)

だが、航は調査員として働き、今の今まで盗聴器と言う非合法な手を使ってきたことは一度も無い。そのようなことをして、仮にばれてしまった場合は当然罪に問われるからだ。だが、今回はそれでも構わないから盗聴器を仕掛けたいと思う気持ちを必死に抑え、朱莉を見送ることに決めたのだ。

「航君……本当に大丈夫だから。家に帰るときは電話するね?」

航があまりにも心配するので、朱莉は笑顔で航の顔を見た。

「あ、ああ……。分かったよ……」

航は朱莉の手を離した。

「それじゃ行ってくるね?」

朱莉は手を振って玄関のドアを開ける。

「……行ってらっしゃい、朱莉」

航が寂し気に手を振る姿を見ながら朱莉は玄関のドアを閉めた――

****

 朱莉がエントランスに到着すると、すでにそこには京極の姿があった。

「おはようございます。朱莉さん
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